トンイ第13話のこぼれ話(2) 衝撃:お前はもう死んでいる!?

今回は敢えて衝撃的なタイトルを付けました。

ほんとに衝撃的なんだもん



第18代顕宗(ヒョンジョン:현종)の夫人であり、第19代粛宗(スクチョン:숙종)の母親である

明聖王后金氏
(ミョンソンワンフ キムシ:명성왕후 김씨:1642〜1684年)


は、西人(ソイン:서인)勢力の主要人物として、知的ながら過激な烈女として、しばしば

政局に顔を突っ込む人でした。





強烈なシオモニをやらせると右にでるものはいないパク・ジョンスさん。

役柄はぴったりだったけど、風邪を引いていたからかイマイチ迫力にかけてます。ちょっと残念。

※第26代高宗の妃で暗殺された明成皇后/閔妃(ミョンソンファンフ/ミンピ)と混同しがちなので
気をつけましょう。




ドラマファンはすでに分かっていると思いますが、この頃の派閥闘争は「西人(ソイン:서인)」

「南人(ナミン:남인)」で行われていました。



粛宗(スクチョン:숙종)が即位した1674年当時、南人が勢力を伸ばしていました。

けれども、粛宗はこの南人勢力を信任していませんでした。

1680年、立て続けに起きた南人勢力の不敬・不祥事により、怒りを顕にした粛宗は

南人勢力の重臣を一掃し、西人を重用します。

いわゆる庚申換局(キョンシンファングク:경신환국)です。



粛宗はこの換局(ファングク:勢力の入れ替え)を3度行っていますが、その都度後宮も

影響を受けています。

庚申換局で犠牲になったのはチャン・ヒビン / 張玉貞(チャン・オクチョン:장옥정)でした。





彼女は、南人勢力の支援の下で後宮に入りました。

実は換局と同じ年の1680年に10月26日、最初の中殿である仁敬王后(インギョンワンフ:인경왕후)が

亡くなっています。

※ドラマに出てくる中殿は仁顯王后(イニョンワンフ:인현왕후)



その直後から粛宗の寵愛を一心に受けることになる張玉貞(チャン・オクチョン:장옥정)は

西人の明聖王后に疎まれ、宮中から追い出されてしまいます。



先にも述べたように、粛宗の母、明聖王后は政治にも顔を突っ込む烈女。

朝廷の南人排除に連動して、内命婦からも南人を排除したわけです。

後に烈女となる張玉貞(チャン・オクチョン:장옥정)ですが、この当時は王后に対抗し

得るほどの力は持ち合わせてはいませんでした。




さて、ドラマの設定を見てみましょう。

張玉貞(チャン・オクチョン:장옥정)が張尚宮(チャンサングン)として、明聖王后が大妃として

同じ時間軸で登場しています。

すると、1680年のことなのでしょうか?



違いますよね?

張尚宮(チャンサングン)がで戻ってきてからのおはなしですよね!

すると、つじつまが合わなくなってきます

烈女・明聖王后は寛容な女性ではありません。

彼女が健在なうちに張尚宮(チャンサングン)は王宮に戻ることはできないのです。



では、史実は?



明聖王后はもう死んでいる!



のです



明聖王后は1684年1月21日に亡くなりました。

享年43歳。

ドラマではもっと年配のイメージですが、現代の基準では早折です。

対立関係を明確に描くために、ドラマ内では延命したようです








テーマ : 韓国ドラマ
ジャンル : テレビ・ラジオ



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さくさく

Author:さくさく
本業はアジアを駆け巡る旅人で、アジアン雑貨のネットショップオーナーです。
タイにはしょっちゅう行くのですが、実は韓国へは一度しか行ったことがありません(笑)

数えたことはありませんが、週に20時間、累計100本以上の韓国ドラマを見ていると思います。
ここ数年は、20話程度のミニシリーズではもの足りず、大河ドラマ(時代劇)や150話程度の日々ドラマにはまっています。

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