粛宗が初めて築造した大報壇

朝鮮日報に粛宗に関する記事が載っていました。

「大報壇(テボダン:대보단)」

壬辰倭乱(イムジンウェラン:임진왜란:1592年の秀吉の朝鮮出兵)のとき助けてくれた当時の中国王朝である明の万暦帝の恩徳に感謝するという趣旨で、1705年に粛宗によってつくられた祭壇です。

儒教思想の朝鮮では明は父なる国。その大恩をいつまでも忘れること無く感謝するという意のあらわれです。

粛宗は大報壇祭礼を唱える中で

「明との特別な君父・臣子関係と、倭乱のときに国を助けてくれた再造の恩」

を強調しました。


明は1600年代前半に清によって滅亡させられたにもかかわらず、朝鮮では悪く言えば亡霊を崇拝するかのように民を崇め奉っていました。
このことを尊明義理(チョンミョンウィリ:존명의리)といいます。

トンイと粛宗の子で2代のちの王、第21代朝鮮王英祖(영조:ヨンジョ)はさらに2皇帝を追加しました。
明の初代皇帝・洪武帝と、明の最後の皇帝・崇禎帝です。
前者は朝鮮の創業を承認し、国号を定める「大造の恩(テジョエウネ:대조의 은혜)」を施しました。
後者は清の侵攻の際に救済のため軍を派遣しました。

そして、英祖(영조:ヨンジョ)の孫イ・サン、第22代王正祖(チョンジョ:정조)は最も盛大にかつ熱心に催事を行いました。
ちょうど壬辰倭乱から200年目に当たる年、祭礼の後で、正祖は次のような伝教(チョンギョ: 전교)を発しました。

「きょうはまさしく東方が再造された日だ。ああ、(明の)皇帝の恩を忘れることはできない」

この悪しき亡霊崇拝は、結局近代朝鮮を苦しめることとなります。
日本のように、西洋文化に勝てないと判断して、その先進文化を吸収する方へ傾倒したのとは逆に、旧態依然とした儒教的序列や崇拝に取りつかれてしまっていたのです。

その後の、大韓帝国建国→日本による韓国併合は、言ってみれば亡霊崇拝の産物です。
現在では大いなる自省の種として大報壇を認識しているようです。

テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術



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Author:さくさく
本業はアジアを駆け巡る旅人で、アジアン雑貨のネットショップオーナーです。
タイにはしょっちゅう行くのですが、実は韓国へは一度しか行ったことがありません(笑)

数えたことはありませんが、週に20時間、累計100本以上の韓国ドラマを見ていると思います。
ここ数年は、20話程度のミニシリーズではもの足りず、大河ドラマ(時代劇)や150話程度の日々ドラマにはまっています。

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